帰省中です

なんだかんだやることもないのでブログを書きます。

GW入って初日土曜日に実家に帰ってきました。

前回は夜行バスで帰ってきたんだけども、そうすると帰ってきた日は身体がしんどくてほぼ動けなかったので

今回は新幹線で来てみました。

新幹線といっても高速バスと新幹線とJRなので移動時間は短くてもしんどいことには変わらなかったです…

初日ということもあり新幹線もかなり混んでいて指定席は満席になってました。

自由席も混み合ってると聞いてパニック症候群持ちの自分は多少高くても指定席にして良かったなぁと思いました…

でも指定席といっても3時間ほど乗らなきゃなので大変でした

帰省中自宅に荷物を送ったとき送料の高さに驚きましたが距離を考えたら当然だよなあと思いましたね

帰ってくるたびに自分は本当に遠くまで嫁いだんだなとしみじみします

新幹線に乗ってる間は本を読んで過ごしました。

今回帰省中に読もうと思って3冊本を買って持って行ったんですけど荷物になったしすぐに読み終わったのでiPadを買って電子書籍を読んだほうがよかったなと思いました


関東は四国と比べるとすごく寒くて、特に風が強くて帰ってきたばかりの頃は体調崩して死んでました。

親戚の家に行ったりなんだりで前半は忙しかったです…

あっでもコストコに行けたのはすごく嬉しかったです、四国にはコストコないしあったとしても年会費高いので2人暮らしでは行く気しない…

今日は夫に頼まれたお土産を買いに東京駅まで行ってきました。

キャリー引いてる人がいっぱいいてめちゃくちゃ混んでたけど人口密度的にはそんなにきつくなかったです。

頼まれたのはニューヨークパーフェクトチーズというお店のお菓子です。

結構有名らしくて早めに行かないと売り切れてしまうみたいです。

土曜日に夜行バスに乗るのでそのついででも良いかなぁと思ってましたが土曜日は朝の段階で売り切れるとか調べたら出てきたので

特に予定もなかったし今日早起きして行ってきました…

こういう経験はなかったので良い経験になりました。

東京駅では元号が変わったのもあって丸の内口が張り紙とかしてあって写真撮ってる人がたくさんいました。


東京駅では他に地下街をうろついて夫に色々買いました。

夫を驚かせたいから何を買ったかは書きません

あと自分用になんか買おうと思って大丸でリップを買いました

朝から何も食べてなかったし予算を使い切ったので帰ろうって思ったんですけど

自動改札がある駅に来たのがすごく久しぶりで(ここ笑うところです)勝手を忘れて駅員に非常に迷惑をかけたりしました…

なんとか地元まで帰ってこれたけど

あると思ってたコンビニが潰れてたりして悲しくなりました

前に帰省したときも変わってて驚いたけど

1年経つと本当に景色って変わってしまうんだなって思いました

駅からバス乗って帰ってきたけどバス代も50円上がってたしな…

来年は諸事情で帰ってこれるかわかんないので

四国に新幹線が開通したら考えたいと思います



最後に帰省中読んだ本の話です 


桜井政博のゲームについて思うこと 2015-2019

桜井政博さんが作ったゲーム、カービィスマブラSPしかやったことないけど

ファミ通で読んだコラムが面白かったので買ってみました

内容としては、ファミ通に載ってたものをそっくりそのまま移してきて、あとは編集の人?と桜井さんが後日談みたいなのを書き加えてる感じでした 巻末に猫の写真あって可愛かった

読者からの手紙に答えるやつとかでも結構多かったんだけど、ゲームに苦情入れてる人との付き合い方?みたいな話は参考になりました。早い話が「そういう話ができるのも平和な証拠」って感じで

サイズ的にブックカバーがかけられないのでこれを新幹線で読むのはちょっとどうかなと思ったんですけど両隣がiPhoneで5chのまとめ読んでたりパズドラやってたので問題ないでしょう…


日日是好日 「お茶」が教えてくれた15の幸せ

茶道の話。茶道のお稽古を通して五感を研ぎ澄ませて季節を感じたりする描写が素敵だった。全部通して読んでいて心が落ち着くから夜寝る前とかにぼーっと読んだりしてました。自分もお茶を習いたくなったけどまず正座を15分以上できるようになってからだな…


・向日葵の咲かない夏

ずっとエッセイとかほんわか系の小説ばかり読んでたから、なんかどぎついの読みたいなあと思って怖いもの見たさに購入

散々ネタバレを見てしまったので話の真相は知ってたけど、知っててもなお文章から伝わる不気味さ気持ち悪さ…

特に後半伏線が回収されるところは読んでいて手が震えてしまった

道尾秀介は初めて読んだけど読みやすかったので他のも読んでみたいと思う

全体的にすごく怖くて気持ち悪くて虫を××するところは気持ち悪くなっちゃったけどそれでも先が気になって時間を忘れて読み込みました



まだあと2日いるのでゆっくり羽を伸ばしたいと思いまーす









コメダ珈琲のクリームソーダ

好き…。


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元々炭酸の飲み物が苦手で、

コメダ珈琲に行くといつも

甘いカフェオレとか、ココアとか

小豆が入ってるミルクティーを頼んだりしていたけど


私が初めてコメダ珈琲のクリームソーダを頼んだときは、

なんとなくカフェオレでもココアでもミルクティーの気分じゃなくて

その日がすごく暑い日で、そんな中人混みの中を歩き回って疲れていたのもあるのかもしれないけど

とにかくさっぱりして甘い飲み物が飲みたくて、

炭酸は苦手だけど、上に乗ったソフトクリームがなんとかしてくれるだろうと

そのクリームソーダを頼んだのだ。



いざ、対面。



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まず、目を引かれるのはそのビジュアル。

長靴のような形のグラスに、たっぷり入ったメロンソーダ。(たぶん、かき氷に使うようなメロンシロップを炭酸水で割っている)そして、大きな立方体の氷、その上にはたっぷりの、真っ白な…何も描いていない画用紙でさえくすんで見える、今生まれてきました!というくらい真っ白なソフトクリーム。

それはどうみても「クリームソーダ」で、

「クリームソーダ」。おもちゃのような飲み物。

恐る恐る、そのおもちゃのような飲み物にストローを突き立て、一口啜る。

お、お、おお、美味しい。

メロンシロップの甘い味わいが口の中に広がったと思うと、次の瞬間喉の奥でパチパチと泡がはじけ、疲れた身体に染み渡っていく…。

今までは苦手だった弾ける炭酸でさえ愛おしく感じる。

続いて、一緒についてきた細く長いスプーンで、上に乗っているソフトクリームをすくって食べる。

甘い。甘いけど、生クリームをそのまま冷たくアイスにしたような。でも生クリームほどこってりした甘さもない。例えるなら、牧場で食べるソフトクリーム…?

でも、牛乳のような生臭さもない。本当に美味しい、美味しいソフトクリーム。

夢中になって、何口かすくっていると、ふとあることに気がつく。


今の自分は、ただソフトクリームを食べメロンソーダを飲んでいるだけだ…。

注文したのはソフトクリームとメロンソーダではなくクリームソーダなのだ。

ならば、クリームソーダらしい味わいを楽しまないといけない。


スプーンで、ソフトクリームを少し崩し、ストローをソフトクリームに突き刺し、先端を氷をかき分けメロンソーダに届かせる。

そしてそれを吸い込むと…ソフトクリームとメロンソーダの味わいを両方楽しむことができる。それこそがクリームソーダになるのでは…?


ストローに口をつけ、吸い込む。まず、口の中に飛び込んでくるのは、ソフトクリームの甘い味わい。けれど、その後すぐ、メロンソーダの甘い、弾ける味。もう、何も考えられなくなってしまう。

思考が飛び、ひたすらソフトクリームの向こう側にあるメロンソーダを探す旅に出た。

あれほど苦手だった炭酸の泡も、ソフトクリームとメロンのシロップで包んでしまえば、それは優しい暴力で、愛おしく感じた。

ひたすらそれを追い求めストローをくわえた。



しばらくして、いつのまにかメロンソーダは飲み終わってしまい、氷の上に残ったソフトクリームだけが残った。

それをスプーンですくって食べる。ほのかに、メロンソーダの味がする。それが無性に嬉しくてひたすら食べた。

気がつけばソフトクリームさえもなくなった。

旅は終わった。

歩き回ったことによる疲れも無くなり、残ったのは氷が残ったグラス。

炭酸水とソフトクリームを一気に吸い込んだことによる腹部の膨張感。

心と身体は満足して、一時の高揚感の後に訪れる心地よさ…。


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いつかまた旅に出よう。

そう決めてコメダ珈琲を出たのだった…。



おしまい。



一人暮らし期間の話

私は人生で一人暮らしをしたことがある。けれど、その期間は二ヶ月くらい。これからも一人暮らしをすることはないだろうと思っていたが、ついこの間主人が扁桃腺の摘出手術のため入院することになり、その期間私は家で一人で過ごすことになった。

実家に帰ることも考えたが、入院中必要なものがあった時いつでも持っていけるようにした方がいいと思ったし、何より主人に顔を見せに行くと喜ぶと思い自宅にいることにした。

短い一人暮らしの体験は貴重だと思いブログに書くことにする。


1日目はに入院初日。まだ手術前ということでちょっと心にも余裕がある感じであった。昼過ぎの早い時間に解散になったこともある。主人にお風呂に使う道具がいるといわれ100均に買いに行く。(家からそこそこ離れているのでちょっとムカついた。前に一緒に車で行った時に一緒に買っておけと…)その後は本屋さんに寄ったりし帰宅。

ゴミ捨て等済ませ、そそくさとシャワーを済ませ寝ようとするがなかなか眠れない。家の中がやたら静かに感じ、外の車の音が大きく聞こえた。


二日目。この日は主人の手術当日。結局深夜過ぎに眠れたが明け方に目を覚ましてしまう。集合住宅で朝早くに迷惑だとは思うが洗濯物が溜まってしまっていたので洗濯をし、朝七時くらいに干す。とりあえず朝ごはんはしっかり食べる。ピザトーストとヨーグルトと果物だった気がする。

その後義母の車で主人の入院する病院へ。軽く話し、手術室まで見送り、手術の間義両親と話をしたり相談に乗ってもらったりする。

病院の食堂でご飯を食べたのだがそのご飯がとても不味く、入院してる本人の食事が心配になった。

さてさて、私は実は過去に何度か入院した経験がある。短期間の入院ではあったが非常に心細く辛いものだったので主人のことが心配だった。半ば病室がトラウマに成りかけていたと思う。そして、日々主人と暮らす中で色々辛いことがあり、それを義両親に打ち明け、その直後に手術が終わり酸素マスクをつけた主人に対面したため、精神的に色々ダメージが来て、私もなんでそうなったのか今でもよくわからないのだが泣いてしまった…。本当に訳がわからない。

主人が入院してる期間で一番辛い日だった。

その日は主人が手術を終え声が出せるようになるまでずっと付き添っていて、結局面会時間が終わる夜七時までいた。

そんなこんなで疲労困憊の状態で帰宅。洗濯物を取り込んでいると家の中が静かなのがとても辛く感じた。元々1でいることはそんなに寂しくないのに2から1引かれることはとても寂しい。主人の存在がない家の中はとても静かで寂しくて、「家に一人でいたくない」と思った。この頃から耳鳴りが出始め、常に左耳がガサゴソブツブツと聞こえるようになる。 夜は相変わらず眠れない。


三日目。絶賛寝不足期間のためこの辺記憶が曖昧。朝ごはんはちゃんと食べる。こんな時でも食欲はあるのだ。祝日ということもありほぼ一日中面会時間となっていたため、義母と二人でまた主人のお見舞いへ。軽く話をして今日は解散。入院期間家の中をしっかり掃除したいと考えていたのでリビングやら台所やら洗面所やらを掃除。あと本屋さんで栗原はるみさんの料理本を購入。


四日目。寝不足と耳鳴りと頭痛がひどく、なんとかお見舞いには行ったがカリカリしている状態。今思えばお見舞いに行く人の態度ではなかった…。行きつけの花屋でプリザーブドフラワー(最近お見舞いに生花は香りとか花粉がダメとかで禁止されてるらしい。)を購入し主人に手渡す。軽く話をして今回はおいとまする。帰ってきてからの記憶はない。多分仕事していたと思う。


五日目。現実逃避したい欲が強く、いつのまにか高速バスのチケットを購入しバスに乗り込んでいた。本当に今でもよくあんなことしたなと思うし主人もよく見送ってくれたなと思う。行き先は告げないで行くつもりだったけど事故にあったりした時のために伝えておいた。この日はお見舞いにはいかなかった。

現実逃避は出来たし良いものは見れたけど今でも思い出すと胸がちょっと痛む。そんな日。


六日目。先日歩き回り、流石に寂しさより疲労が上回ったのでよく眠った。耳鳴りはおさまった。夕方くらいから主人のお見舞いへ。主人は空元気かもしれないけど元気そうだった。貸してる本の話や病院のご飯がまずいという話をした。

夜は久しぶりに自炊をした。ゆっくり大好きな大河ドラマを観たりした。やっぱり睡眠というのは大事だなあと思った。


七日目。いよいよ今週で退院ということで主人も少し嬉しそうにしていた。

私も一人暮らしの生活に慣れ始め落ち着いて過ごせるようになった。


八日目。いよいよ明日で最後、明後日で退院だねという話をする。この生活ももう直ぐ終わりだなと思うとちょっと別の意味で寂しくもなったり。


九日目。いよいよ明日で退院。というわけで主人のお見舞いを簡単に済ませて夜は1人で外食。しばらく口の中に刺さるタイプの揚げ物は食べられないということで、好きなお店でカキフライを食べた。美味しかった。


十日目。退院ですおめでとうございます。



そんなこんなで私の一人暮らしの日々は幕を閉じた。書いていて思うのは私は本当に一人暮らしは向かないということだ。元々実家に20年も住んでいたというのもあるけど、人と一緒にいないとダメなんだと思う。そう思いつつ、今度もしまた家で一人で過ごすことがあれば、その時はどう過ごそうかなと考えてしまっているのであった。一番は、そんな日が来ることがないのが良いのだけど。




最後まで読んで頂きありがとうございました。





「しまなみロマンスポルノ'18〜Deep Breath〜」2日目公演中止を受けて

1週間以上経って心の整理がついたのであの日の自分の思いを書こうと思います。

 

 

9月9日は大好きなポルノグラフィティのデビュー20周年記念のライブ「しまなみロマンスポルノ'18〜Deep Breath〜」の2日目公演の日だった。

私はこの日を半年近く前から待っていた。なにせ大好きなポルノグラフィティの20周年を彼らの故郷でお祝いできるのだ。それと、個人的な話ではあるがライブ1ヶ月前くらいにかなり精神的に辛いことがあって、もうこのライブに参加することを生きる支えにしていた。そのくらい楽しみにしていた。

さて当日の朝。グッズも揃い準備万端、さぁライブに向け出発というとき外は大雨。(私達は開催地から車で1時間のところに住んでいる)

私は今までに何度もポルノグラフィティのライブには参加していて、その中では2年前「横浜ロマンスポルノ'16〜THE WAY〜」の1日目のように大雨の中参加したときもあった。

だからまあ、半分やってくれる、いややって欲しいという気持ちがあった。ずっとずっと楽しみにしていたライブだったから。しかしもう半分は「やらないほうがいい」であった。なぜならライブの開催場所である広島県尾道市に警報が出ていたからである。そして、会場は山あいにある大きな公園で、もし土砂崩れが起きたりして帰宅難民が出たり、ライブ中に命に関わることが起きたら…と思うと、というか警報が出てる時点で「やらないだろうな」という諦めの気持ちもあった。

けれど… けれど、本当に楽しみにしていた。ずっと行きたかったライブ。毎日辛くて、苦しくて、死んでしまいたい気持ちになっていたときもこのライブのことを考えてなんとか生きていた。そんな時期を思い出すとなんとしても開催してほしかった。奇跡でも起きてこの雨止まないかな。そんな風に思っていた。

臨時駐車場に車を停め、会場まで運行しているシャトルバスに乗り込んでひたすらTwitterの「しまなみ掲示板」タグを見ていた。

ちなみにこのタグはポルノグラフィティのギター新藤晴一さんが考えたもので、1日目の公演を受けてのアドバイスなんかを書き込んで欲しいという考えで作られたものだった。

そうしているとバスの中のモニターに映像が映し出された。去年の秋くらいまでyoutubeで配信されていた「しまなみテレビ」の特別編ということでバスの中は盛り上がった。

 

 

が、私が見ていたTwitterには悲しいニュースが飛び込んでいた。

案の定、公演は中止になっていた。開演2時間前、の時刻だった。

おそらくは全国の映画館でのライブビューイングやWOWWOWの生中継なんかの兼ね合いもあって中止に至るまでかなり長いことメンバーやスタッフが話し合ったんだと思う。

予報だとライブ中には雨は弱まるからなんとか開演できないか?とか、そんな話し合いもあったんだと思う。

けれども、やっぱり中止になってしまった。

しばらくするとポルノグラフィティ公式のLINEアカウントから中止のお知らせが届き、

バスは会場に着いたが運転手さんが淡々と「中止だそうです」と言った。

そのまま降りて会場内を見たりグッズを買ったりすることも出来たが、雨の中歩き回るのも…と思いそのままバスに乗ってとんぼ返りした。

帰宅するまでしばらくは何も考えられなかった。「あぁ、やっぱりなー」とか考えていた。

帰ってからTwitterを見ると、やっぱり中止を受けて残念がる人はたくさんいたが「チケット代を寄付したい」という声がたくさんあった。(このライブの収益は7月に起きた豪雨災害への寄付金になるため)

けれど時間が経つと、なんだかその言葉も綺麗事にしか聞こえなかった。言ってる人たちは心からそう思っているのかもしれないけど私は寄付したいという気持ちは起きなかった。第一そこまで寄付してほしかったら自分からコンビニのレジに置いてある箱に入れてきたら良いのだ。なんでもポルノグラフィティ任せにするな。なんて考えていた。確かにライブに参加できていたら、ライブの収益は今も豪雨の被害で苦しんでいる人のところにいくのだろう。けれども私にはそんな気持ちは起きなかった。ずっとずっと楽しみにしていた。生きる支えが雨で無くなってしまった。誰も責められなくてただただ悔しくて余裕がなかった。だから綺麗事にしか聞こえなくて、そういう思考に至った自分も嫌で泣いた。

 

 

しばらく経った後公式から1日目のセットリストが公開された。それで、もう振替公演の可能性は限りなく低くなったことを悟った。

もしこのライブに参加できていたら本当に楽しそうなセトリ。悔しくて涙が出た。

 

 

それから少し日が経って、チケット代の返金対応についてお知らせがあった。

自分たちはコンビニでチケットを発券していたため、そのコンビニでお金を払い戻せるらしかった。

そして、ついにはっきりと「振替公演はない」と言われ少し落ち込んだ。

 

 

悲しかったけど、いつまでも落ち込んではいられなかった。

ライブが終わった後のことを何も考えていなくて、生きる支えがなくなりどうしたらなんて一瞬は考えたけど、やっぱりどう考えても現実を受け入れて生きていくしかないのだ。と自分なりに考えた。

前述した精神的に辛かった時期というのは声が出なくなったり吃音になったりした時期で、それが原因の仕事は辞め、家で家事をやったりポケモンGOをしたりして過ごしていたのだが、

また新しく仕事が出来るようになった。今度は家で、自分のペースでやれる仕事だ。

自分の持っているスキルも活かせるとのことでワクワクした。嬉しかった。頑張ろうと思った

そして、同時にまた嬉しいニュースがあった。

なんとポルノグラフィティが今度は全国でアリーナツアーを行うらしい。

そして大阪でカウントダウンライブだという。これは行くしかないだろう。

2日目の中止は悔しいけど、その悔しさをバネにこれからの音楽活動も頑張るとポルノが言うなら着いていくしかない。

ポルノグラフィティが本当に好きだなと思った。

 

 

おわり。

 

自分の人生

先週、6日7日とかけて私の住む地域は強い大雨が続いた。警報が出て、山が近いところは避難勧告が出たくらいであった。

雨が弱まり出した頃、ニュースでは同じ県の被害の様子を伝えていた。同じ県とは思えないくらいの被害の差にショックを受けた。

実家の父や母、遠くに住む祖母が心配して何度も連絡をくれた。

土砂崩れや洪水などによって死者が出たという話をちらほら聞き、いつのまにか「災害」と呼ばれるようになった。

7年前の東北の震災のとき、当時関東地方に住んでいたのだけどテレビのニュースで「被災地」の様子を見ていたがなんだか自分の中では他人事であった。

今回、自分の住んでいる県が「被災地」と呼ばれ、ボランティアの受付がどうとか募金とか、復興を目指すとか言われていて衝撃を受けた。

今まで他人事だと思っていた言葉が身近なものとなったのだった。

私が働く会社は、今日上司が会社にある保存用の水を県内の被災地に運びに行った。私は出勤日なので行けないが、何人か休みの人はボランティアに行くらしい。

 

 

どこに住んでも安全な場所なんてないんだなと最近よく思う。

自分の今の人生を選んだのは自分だ。もう自分の人生なのだから自分で責任を持つしかない。けれど、最近とてもその責任が重く感じるようになった。

逃げ道はない。自分の今の人生こそが進むべき道であり逃げ道である。そうわかっているのだけどどこにも自分の居場所がないような気がして苦しい。

先日主人と大喧嘩をして、それが平日の朝で、なんとか堪えて仕事に行ったものの、人に少し強めに怒られて涙が止まらなくなってしまった。

先輩に慰められて話を聞いてもらって、落ち着いたのだけど社会人としてあるまじき態度に落ち込んだ。

居場所がないと感じるようになったのはその日から。

災害が起きて、不安は強くなる一方。

強くなりたい。

 

 

 

多すぎるって5月の祝日

月に1回は更新したいのですがなんだかんだでサボってしまっています。こんばんは。

 

 

もうすぐGWも終わりますね。

皆さんは有意義な時間を過ごせましたか?

私は前半は1人で帰省していました。

実家を出て1年半近く経ちましたが、私がいない間に色々変わっていたりして

その変化に居心地の悪さを感じた辺りもう自分の居場所はここではないと実感したそんな帰省でした。

ちょくちょく行っていたコンビニが潰れてたり、バイトしていたコンビニがすごく繁盛していたり。

17時を知らせるチャイムの音が某ドラマのBGMになっていたり。

 

今の自分の居場所、大切にしようと思います。

 

 

 

最近職場の雰囲気が最悪です。

というのも、上司が3人いて

そのうちの1人が1番偉くて、2人が副リーダー的な感じなのですが

その2人が仲が悪く対立しているのです。

1番偉い人は中立派らしいです。

よくその対立している2人のうちの1人(Aさんとします)と仕事をしているのですが

ちょくちょく愚痴を聞かされています。

なんでもその仲が悪い人(Bさんとします)は

従業員を贔屓したり冗談といえど恋愛感情をもっているのでは?と思わしき発言をするとか。

Bさんと私は普段一緒に働くことがないし私に危害が及ぶわけでもないので関係ないといえばないのですが

これが原因で従業員全体の士気が下がっているというか、ギスギスした感じもするし

色々影響ないといいけどなぁと思いながら働いてます。

明日も頑張りましょう。